導入事例

概要

美術作品の感想をオンラインでリアルタイムに共有。
観るたびに新たな発見と出会える、コロナ禍での新たな「対話型鑑賞」に挑戦。

美術作品の感想をオンラインでリアルタイムに共有。
観るたびに新たな発見と出会える、コロナ禍での新たな「対話型鑑賞」に挑戦。

公益財団法人諸橋近代美術館
学芸部 主任学芸員
佐藤 芳哉 氏
  • #SNS
  • #社会教育施設

事例詳細

きっかけ きっかけ

  • コロナ禍で対話しながらの美術鑑賞が自粛となる中で、時間や場所にとらわれない、新しい美術鑑賞の形を考えた
  • ワードクラウドの形になった感想を見た際、今まで「一人一人の声」としか捉えられなかった感想が、「声のかたち」となって見えた。

取り組み 取り組み

  • 来館者が館内のタブレットから投稿した感想と、オンラインでの鑑賞者がTwitterで共有した感想を、ワードクラウド形式で見える化
  • リアルタイムで、館内の壁にプロジェクターで投影するほか、WEBでもアウトプットを共有

成果 成果

  • 感想が「かたち」として可視化されることによって、作品そのものから受け取る情報に限らない発見につながった
  • 声が共有されていくことで、会期が進むにつれてより深いコメントが多くなっていった
  • 他者の声があることで、意見の違いや共感から、気づきが生まれていった
  • 観るたびに新たな発見と出会える「閉幕するまで成長し続ける展示」が体現された

1999年、福島県 磐梯高原の景勝地に、スポーツ用品を扱うゼビオ株式会社の創設者・諸橋延蔵が開館した諸橋近代美術館。同氏が蒐集してきたサルバドール・ダリの絵画や彫刻をはじめ、ルノーワール、シャガール、ピカソといった巨匠たちの作品を所蔵し、ダリ作品においては340 点以上の所蔵で国内最大級を誇る。

コロナ禍以降さまざまな制約によって従来通りのイベントや鑑賞が難しくなる中、同館では昨夏、見える化エンジンを導入し、鑑賞する人と人をつなぐ新たな展示の試みに挑戦。取り組みの背景にある思い、実践したことによる効果や手応えを、展示担当者にうかがった。

ワードクラウドで、会場やオンライン上の鑑賞者の声を会場に投影するコロナ禍での「対話型鑑賞」に挑戦。

− 佐藤さんは日頃どのような業務を担当されているのですか?


学芸員である私は主にエデュケーター として、ギャラリートークなどを通して鑑賞者に作品の解説等を行う教育普及活動 を担当しています。コロナ禍以前はとくに、学校の校外学習で来館する生徒たちに向けての教育支援にも力を入れていました。私が注力しているのは「対話型鑑賞」という取り組みで、ひとつの作品について鑑賞した人みんなで意見を交わしていくものです。対話しながら作品と向き合うことで、さまざまな発見や気づきが生まれ、作品への理解がより深まっていく面白さがあります。

− 昨年初の試みとして、作品を観た人の声(意見や感想)を会場に投影し、SNSでシェアする展示に挑戦した とのことですが、なぜそのような取り組みに至ったのですか?


きっかけとなったのは、やはりコロナ禍でした。
美術館が閉館となった時期もありましたし、感染防止の観点から、当館を含め多くの美術館でギャラリートークの機会が失われました。対話しながらの美術鑑賞は基本的に自粛。当然、私が取り組んできた対面型鑑賞の活動もほとんど停止となりました。以前に比べて状況は変わりつつありますが、それでもまだコロナ禍による美術鑑賞のさまざまな制限は続いています。
「みんなで話しながら作品を観ようよ」と言えない状況で、何かできることはないのか?と考えたのが、同取り組みに至ったきっかけです。

− 「声」を共有するという点に着目したのはなぜだったのですか?


コロナ禍が始まって間もない頃、現地での鑑賞は難しいけれど、ICT教育の一環としてZOOMを使った美術鑑賞の授業をやってほしいと地域の学校から依頼がありました。そこで、あらかじめ作品を生徒のみなさんに観てもらい、iPadにその感想を書いてもらうことでオンライン上での対話型鑑賞に挑戦しました。その際、学校からいただいた生徒たちの感想がワードクラウドで示されており、すごく面白いなと驚きました。
それまでは感想を読んでも「生徒一人一人の声」としか捉えられなかったのに、ワードクラウドでは「声のかたち」というものが見えたのです。この経験がヒントになり、長引くコロナ禍で新たな鑑賞方法、展示方法を模索し始めた際にひらめいたのが、展覧会での「声」の投影と共有でした。

− この取り組みに際して「見える化エンジン」を導入いただきましたが、選定のポイントは何でしたか?


最大のポイントは、アウトプットがポップで見やすかったことです。
2つ目に、表示されるワードクラウドを日次で自動更新できること。というのも、私が担当する展示は「閉幕するまで成長し続ける展示」をコンセプトにしようと考えたので、できる限りリアルタイム更新されていくことが望ましかったのです。
そして、3つ目は、ワードクラウドの表示の中央に画像を挿入できること。絵画に対する声なので、パッと見た時に何に対する声を表しているのか視認性を高めるために、ワードクラウドにも絵を入れられるかどうかはとても重要でした。

ワードクラウドについて

声をリアルタイムに共有することで、これまでのギャラリートークでは叶わなかった「不特定多数」での対話型鑑賞が可能に

− 見える化エンジンを使い、実際にどのような展示が実施されたのか教えてください。

 
今回の企画は、6つの部屋(展示室)それぞれで、6人の住人(学芸員)が各自の専門性を活かして作品を伝える、「ROOMS」と題した展覧会でした。

私が担当した部屋のテーマは「語らい」。これまで対話型鑑賞を行ってきた中から、多様な意見が出やすかったもの、面白い意見が出そうな作品6点をセレクトして展示し、さらに各作品のそばには、鑑賞者の気づきのきっかけになりそうないくつかの問いかけを、吹き出しのデザインで添えました。例えば《きつね》という作品の側には「きつねの気持ちを想像しよう!」「誰の影?」など。

作品とともに、鑑賞者の気づきのきっかけになりそうな問いかけを表示

そして、作品に対して感じたことをその場に設置したタブレットからTwitterに投稿してもらうと、その感想が共有されます。
作品は当館のTwitterアカウントでも発信していたため、さまざまな理由で美術館に実際に来館できない方も、オンラインで来館者と同じように作品の感想をシェアすることができるようにしました。

こうした作品に対する声を見える化エンジン」で収集し、ワードクラウドとして当館の壁面にプロジェクターで投影。
場所・時間を問わず、同じ作品を見た方の感想を「かたち」として表現しました。

−ワードクラウドで表現するにあたって、工夫したことはありますか?


頻出の単語は大きく表示されるなど、「ワードクラウド」自体のわかりやすさもありますが、大きく3つほど工夫しました。
1つ目は、「色」です。見える化エンジンのワードクラウドは、自分で任意の単語に色づけをすることができたので、見た方が感想を体系的に捉えられるように試行錯誤しました。
はじめはポジティブな表現を赤・ネガティブな表現を青などにしていましたが、最終的に、

  • キツネに関する言葉を青
  • 建物や風景に関する言葉を緑
  • 人物たちに関する言葉をピンク
  • 人物たちとキツネに共通する言葉を赤

というような色付けをしました。
2つ目は、中央に画像を配置したことです。これによって、どこの・何のことについての感想なのか、すぐに確認できるようになったと思います。
3つ目は、配置をランダムにしたことです。見える化エンジンのワードクラウドは、件数順にきれいに並べたり、単語が流れるようにしたり、さまざまな表現が設定できますが、特定の表現や件数にとらわれない気づきに繋がるよう、このような配置にしました。

−ワードクラウドを、WEB上でも公開されたのですよね。


はい。「見える化エンジン」の共有機能を使って、WEB上でも、今美術館で投影されているワードクラウドをリアルタイムで共有しました。これはただの画像としてではなく、オンラインレポートのような形式なので、気になる単語をクリックすると感想の原文まで確認することができます。小さな気づきや興味から、より理解を深めることができるのです。

− この取り組みにはどのような狙いが込められているのでしょうか?

 
それまで対話型鑑賞といえば、美術館で開催するギャラリートーク形式がメインでした。ただ、ギャラリートークというのは日時も決まっているし、参加できる人数も決まっている。言ってみれば「特定の人」にしか楽しんでもらえないサービスです。この点は私自身ずっと課題に感じていて 、どうすれば時間や場所にとらわれず対話型鑑賞を楽しめるのか?たくさんの方に鑑賞の楽しさを還元できるのか?と考え続けていました。その課題にチャレンジする機会としても、今回の試みは打ってつけだと思いました。

自分以外の人の声を受け取ることで作品への理解がより深まり、鑑賞のバトンがつながっていく

− 実際に展示ではどのような「声」が上がり、どんな印象を持ちましたか?

 
まず出来上がったワードクラウドを見た第一印象として、想像以上にみなさんがしっかり作品を鑑賞してくださっているのだなと感じました。
《きつね》の作品で言えば、最も多かったワードは「キツネ」や「見る」でした。興味深いのが、「こわい」「化けの皮」「ミステリアス」など、妖しさを感じさせる言葉が多かったこと。日本古来のきつねのイメージがみなさんの中で強くあるのかもしれません。ワードクラウドを眺めていると、野生のきつねそのものとしてではなく、多くの方がきつねを比喩的な存在として捉えているようにも感じ、それは私にとってとても興味深い発見でした。
結果が可視化されることによって、表面的にわかること以外にも、さまざまな深い気付きを促すことができる、というのは自分でも驚きでした。
 
 

− 声が共有されることで、どのような効果、手応えを感じましたか?

 
面白いと思ったのは、声が共有されていくことで、会期が進むにつれてより深いコメントが多くなっていったことです。おそらく鑑賞する方は、作品そのものから受け取る情報だけでなく、他の鑑賞者の声も受け取ったうえで、作品に対してさまざまな発見をしているのではないでしょうか。
他者の声があるからこそ、意見の違いであったり共感であったり、気づきが生まれていく。鑑賞のバトンがつながれていくようで、まさに「閉幕するまで成長し続ける展示」が体現されたと感じます。鑑賞の輪が広がることで、たとえ同じ作品であっても、観るたびに新たな発見と出会えるのです。

− こうした新しい鑑賞方法の導入は、美術館を訪れる客層を広げる可能性もありますね。

 
そうですね。そこへの期待も大きいです。まだまだ日本では美術館へ行くことにハードルの高さを感じる人が多いようで、美術鑑賞=高尚なものという固定概念を多くの方が持っているように思います。その背景にはきっと「どう作品を観ればいいのかわからない」という戸惑いもあるのではないでしょうか。
でも今回、Twitterで共有された感想には「きつねがめっちゃイケメン」「きつねが腹黒い」であったり、ひらがなや絵文字が多用されていたりと、親しみやすい言葉が多く飛び交いました。決して難しい言葉ではないけれど、実は作品の本質に迫る鋭い視点にも感じられました。
こうした声を共有する取り組みは、まさに「どう作品を観ればいいのかわからない」と感じている人たちの、鑑賞の後押しになるのではないかと期待しています。

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